ライトアップされた市庁舎
パリの市政はここで営まれてきました。1357年、エティエンヌ・マルセルが「柱の家」に市の役所を構えたのが始まりです。建物はコミューンのさなか、1871年5月24日に焼失し、市の文書とパリの戸籍簿の大半が失われました。1874年から1882年にかけて、建築家バリュとドペルトによって建て直されています。ファサードは失われた建物のルネサンス様式を受け継ぎ、内部はすべて新しくつくられました。1944年8月25日、ド・ゴールが解放の演説を行ったのもこの場所です。「辱められたパリ、打ち砕かれたパリ、殉難のパリ、しかし解放されたパリ」という一節で知られる演説です。私たちは広場にとどまります。内部の見学は行いません。