聖なる揺りかご:カルチェ・ラタンからマレ地区へ、8世紀にわたるパリの宗教遺産

同行スタッフとともに走る3時間30分。ほとんど起伏のないコースで、左岸の中世の教会、ノートルダム大聖堂前の広場、そしてマレ地区の街路をつなぎます。お話はすべて屋外、広場や歩道、橋の上で行います。出発と帰着はパリ7区の同じ地点です。

このサイクリングは、フランス語または英語のみで実施されます。このページは、お客様がコースをお選びいただき、お申し込みいただけるように翻訳したものです。当日、同行スタッフがお話しするのはフランス語または英語のいずれかで、どちらをご希望かはお申し込みの際にご指定ください。

「聖なる揺りかご」は、パリでもっとも古い糸をたどります。祈るために積み上げられた石の歴史です。7区を出発し、セーヌ川をさかのぼってカルチェ・ラタンへ。左岸の小さな中世の教会からノートルダム大聖堂前の広場へ、さらにシテ島からマレ地区へと進み、出発地点に戻ります。全体で約15キロメートル、ほとんど起伏がなく、立ち寄りの時間を含めて3時間30分です。お話は屋外で、広場や歩道、橋の上、言葉が自由に交わせる場所で行います。拝観料や入場料はいっさい料金に含まれず、どの建物についても開いていることをお約束することはできません。いずれも現に礼拝が行われている宗教施設であり、それぞれの規則にしたがって開き、また閉まるからです。

一本の筋は一言で言えます。パリは聖遺物の首都であり、宗教にまつわる石はどれも力関係の物語でもある、ということです。1239年に13万5000リーヴル・トゥルノワで買い取られた茨の冠と、それを納めるために建てられ、わずか4万リーヴルしかかからなかった礼拝堂。1797年に石切り場として売り払われた教会。買い手が鐘楼だけは壊さないという条件つきで、その鐘楼はいまも広場の真ん中に一基だけ立っています。1427年に完成した、パリに残る最後の中世の回廊。1808年に市がルター派の礼拝を行うことを認めた場所であり、この地に結びつけられた奇跡は奇跡などではなかったと、今日の教区自身が記しています。語りは事実に即し、特定の宗派に偏らず、信条の判断はみなさんに委ねます。

走るのはTernの電動アシスト自転車で、ヘルメットをお貸しします。同行スタッフが最初から最後までご一緒し、参加者は最大5名です。5名を超える場合は、空き状況しだいで同時にもう1グループを設けられることがあります。実施の可否と料金は書面でお知らせします。自転車に乗れること、そしてパリの交通のなかで落ち着いていられることが必要です。コースには一般の車が通る道路や交差点、歩行者と共用する河岸が含まれ、マレ地区の細い通りでは自転車を押して歩きます。出発と帰着は7区の同じ場所で、そこで自転車をお渡しし、お返しいただきます。

目安料金は、ほかのお客様とご一緒の乗り合いで1名あたり95ユーロ(税込)、貸切で1名あたり115ユーロ(税込)です。記念建造物の入場料も、外部の店での飲食代も含まれません。日程のお問い合わせはまだ確定予約ではありません。原則として2営業日以内に、時間帯、集合場所、確定料金をあわせてご連絡し、お支払いの前に書面で確認いたします。本サイクリングは日付を定めて提供される余暇活動のサービスにあたるため、フランス消費法典 L. 221-28条12号により、14日間のクーリングオフ(撤回権)は適用されません。キャンセルおよび日程変更の条件は当社の販売約款に定めており、お支払いの前にご確認いただけるようにしています。

コースの途中で

聖なる揺りかご:カルチェ・ラタンからマレ地区へ、8世紀にわたるパリの宗教遺産

出発、パリ7区、そしてセーヌ川をさかのぼる

集合はシャン・ド・マルス公園から数本の通りを隔てた7区。サドルの調整、ヘルメット、50メートルほどのアシストの試し乗り、そしてパリの交通を快適に走るためのいくつかの決まりごとを確認します。それから河岸と川べりを通って東へ。20分ほどの走行が足慣らしと、最初の地理の授業を兼ねます。パリは川のまわりに育った街で、これから目にする石はすべて水路で運ばれてきました。南の採石場から来たルテティア石灰岩、石畳の砂岩、そして筏に組んで川を下ってきた小屋組の樫材です。

ルネ・ヴィヴィアニ広場とサン・ジュリアン・ル・ポーヴル教会

まずは一本の木の前から。1601年、王の植物学者で樹木栽培家でもあったジャン・ロバンが、教会の裏手に広がっていた学部の庭に播いたニセアカシアです。種は、あるイギリスの博物学者を介してアパラチア山脈から届きました。パリ市はこれを首都でもっとも古い木としています。傾きが大きく、蔦に覆われたコンクリートの支柱2本に支えられていますが、それでも毎年春に花を咲かせます。その後ろに立つのがサン・ジュリアン・ル・ポーヴル教会です。ノートルダム大聖堂と同じころ、1165年から建て直され、1889年にギリシャ・メルキト典礼カトリック教会の教区に委ねられました。大聖堂から300メートルの中世の身廊に、金色のイコノスタシスがあります。

サン・セヴラン教会

通りと庭から、フランボワイヤン・ゴシックとそのガーゴイルを眺めます。その日教会が開いていれば何を見るべきか、その手がかりを中心にお話ししますが、開いているかどうかはお約束できません。二重の周歩廊の奥には、1489年から1495年にかけて、ねじれ柱を中心に椰子の木のような柱の森が育ちました。5世紀のあいだ、すべてのヴォールトがこの柱の周りを巻いています。東側の周歩廊のステンドグラスはジャン・バゼーヌの作で、1966年に発注され、1970年にお披露目されました。ゴシックの窓に抽象で表された七つの秘跡で、当時はずいぶん眉をひそめる人もいました。

ノートルダム大聖堂の前広場と後陣

前広場には、風配図の形をした青銅のメダイヨンがあります。フランス国道のゼロ地点で、国内の道路距離はすべてここから測られます。大聖堂は1163年に着工し、1345年ごろに完成しました。工事の終わりを見ることのない人々が築いたのです。お話はすべて屋外で、前広場から河岸、アルシュヴェシェ橋まで。森と呼ばれた小屋組のこと、それを組み直すために13世紀と同じように斧で削り出された樫材のこと、そして2023年12月16日に高さ96メートルの頂に取り付けられた雄鶏のことをお伝えします。フィリップ・ヴィルヌーヴが図面を引いたこの雄鶏には、三つの聖遺物と、工事に携わった2000人近い人々の名前を記した密封された筒が納められています。拝観料は含まれず、堂内で私たちが解説することはありません。

パレ大通り、サント・シャペル正面

通りからは裁判所の屋根越しに尖塔が見えるだけですが、それだけで話は尽きます。1239年、ルイ9世がコンスタンティノープルのラテン皇帝から買い取った茨の冠は13万5000リーヴル・トゥルノワ。それを納めるために建てられ、わずか7年の工事を経て1248年に献堂された礼拝堂の、3倍を超える値段でした。よく語られるのとは違って、ここのガラスは革命期の幸運な偶然で救われたわけではありません。1803年から1838年まで裁判所の記録保管庫として使われ、窓は高さ2メートル50まで塞がれ、パネルは取り外されて売り払われ、ルーアン、クリュニー美術館、カンタベリーにまで散らばりました。それでもステンドグラスの3分の2は、いまも13世紀のものです。

サン・ジャック塔

広場の真ん中にゴシックの塔が一基だけ立っています。サン・ジャック・ド・ラ・ブーシュリー教会は国有財産となり、鐘楼だけは残すという条件つきで、1797年に石切り場として売却されました。その後、ある事業家がここに鉛の散弾を作る鋳造所を構え、1836年にパリ市が塔を買い戻します。この界隈でもっとも有名な信徒はニコラ・フラメルという名前でした。実在した書籍商であり後援者で、モンモランシー通りにある1407年の彼の家は、パリでもっとも古い石造の家とされています。不老不死の錬金術師のほうは、彼の死から2世紀近くのちに出版された本から生まれました。

ビエットの回廊、アルシーヴ通り

アルシーヴ通り24番地のファサードの奥に、パリに残る最後の中世の回廊が隠れています。1427年の完成で、1808年に市がここでルター派の礼拝を行うことを認めました。展覧会のときしか開かないため、中に入れるとはお約束できません。お話は通りから行います。ここでは、この場所の起こりとなった1290年の出来事を包み隠さずお伝えします。貧しい女性が衣服を30スーで、史料がジョナタスと呼ぶユダヤ人の質屋に入れました。そこから聖体を汚したという告発が起こり、男は裁かれて火刑に処され、1294年、奇跡と呼ばれた出来事の上に礼拝堂が建てられ、巡礼は何世紀も続きます。いわゆる奇跡について語っているのは、ほかならぬ今日の教区自身です。

パヴェ通り、ロジエ通り、ヴォージュ広場、そして帰路

パヴェ通りでは自転車を押しながら、歩道からエクトール・ギマールが手がけた唯一のシナゴーグを眺めます。地下鉄入口の設計で知られる建築家です。1913年に建てられ、同じ年の秋から使われはじめ、1941年10月2日から3日にかけての夜、パリの七つのシナゴーグを襲った襲撃の標的となりました。その後修復され、1989年7月4日の行政決定により歴史記念物に登録され、いまも礼拝が続いています。私たちは物静かに振る舞い、参拝者を撮影することはありません。ロジエ通り、いわゆるプレッツルには、移民の到来の波、記憶のプレート、そしてこの通りに匂いを与えている食料品店が並びますが、特定の店をおすすめすることはいたしません。締めくくりはヴォージュ広場のアーケードの下。そこから河岸を通って一緒に7区の出発地点まで戻り、自転車をお返しいただきます。

実用情報
所要時間
約3時間30分。立ち寄りの時間と出発地点への帰着を含みます。距離は約15キロメートル
レベル
やさしい、ほとんど起伏がありません。ただし自転車に乗れること、そしてパリの交通のなかで落ち着いていられることが必要です。コースには一般の車が通る道路が含まれます
出発地
パリ7区、ブスケ通り26番地。出発と帰着は同じ地点です。正確な時刻はご予約時に書面でお知らせします
グループ
同行スタッフ1名につき参加者は最大5名。5名を超える場合は、空き状況しだいで同時にもう1グループを設けられることがあります。実施の可否と料金は書面でお知らせします
言語
フランス語または英語。お申し込みの際にご指定ください

お申し込みはリクエストであり、確定した予約ではありません。実施の可否、日程、集合場所、最終的な料金は、お支払いの前にすべて書面でご確認いただきます。料金はお一人あたりの目安で、税込です。電動アシスト自転車とヘルメットの利用料を含みます。有料の入場や建物内部の見学は一切含まれません。解説は通り、聖堂前の広場、橋の上から行います。

このサイクリングについてよくあるご質問

建物の中には入りますか。

いいえ。お話は屋外で、広場や歩道、橋の上で行い、入場料や拝観料は料金にいっさい含まれません。ノートルダム大聖堂も、サント・シャペルも、展覧会のときしか開かないビエットの回廊も同じです。教会が開いていて典礼が行われていなければ、ほかの方々と同じように、静かに数分入ることを妨げるものはありません。ただしお約束はできません。これらの場所は開く時間を自分たちで決めており、予告なく閉まることもあります。サイクリングの最後に、ご自分で改めて訪ねる方法をご案内します。

どのくらいの経験が必要ですか。

自転車に乗れること、そしてパリの交通のなかで落ち着いていられることが必要です。コースはほとんど平坦で、あとは電動アシストが引き受けますが、一般の車が通る道路や交差点、歩行者と共用する河岸を走り、マレ地区の細い通りでは自転車を押して歩きます。同行スタッフが最初から最後まで一緒に走り、参加者は最大5名です。自転車はTernの電動アシスト自転車で、ヘルメットをお貸しします。

服装に決まりはありますか。

ペダルをこぎやすい楽な服装、つま先の隠れる靴、そして肩の隠れる装いをお願いします。通りかかる建物のいくつかは現に礼拝が行われている宗教施設であり、確認のご連絡でも改めてお伝えしています。水辺を長く走りますので、ウインドブレーカーをご用意ください。荷物を入れるものもお持ちください。自転車には荷台はありますが、収納箱はありません。

曜日と時間はどうなりますか。

火曜日と木曜日の午前を優先しています。広場もマレ地区も人出が少ないからです。日曜日の午前はどこでも典礼が続き、土曜日はパヴェ通りとロジエ通りでいっそうの慎みが求められます。立ち寄る建物の開いている日と時間はそれぞれの施設が決めるもので、予告なく変わることがあり、当社は責任を負いかねます。ご希望の日程をフォームにご記入ください。時間帯を書面でご確認します。

予約はどのように進みますか。

お申し込みはお支払いでも確定予約でもありません。ご希望の日付、コース、参加人数をお知らせいただければ、原則として2営業日以内に、時間帯、集合場所、確定料金をご連絡します。目安料金は、乗り合いで1名あたり95ユーロ(税込)、貸切で1名あたり115ユーロ(税込)です。確定料金は、お支払いの前に書面で確認いたします。本サービスは日付を定めて提供されるため、フランス消費法典 L. 221-28条12号により、14日間のクーリングオフ(撤回権)は適用されません。キャンセルと日程変更については当社の販売約款に定めています。

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お申し込みはリクエストであり、確定した予約ではありません。実施の可否、日程、集合場所、最終的な料金は、お支払いの前にすべて書面でご確認いただきます。料金はお一人あたりの目安で、税込です。電動アシスト自転車とヘルメットの利用料を含みます。有料の入場や建物内部の見学は一切含まれません。解説は通り、聖堂前の広場、橋の上から行います。

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